2008年10月14日

求めている場所。

『いつ死んでもいい』という言葉は二つの捉え方があると思う。

一つはもちろん額面通り捉えてしまった悲観的な諦めの姿勢。

そしてもう一つは、人間生きていればいつか必ず死ぬのだから、その瞬間がいつ訪れても悔いを残さぬように一分一秒、その瞬間を精一杯生きるという覚悟を表す言葉。

最近はこの後者の覚悟を常に念頭において生きている。
何を達観してしまったのかは全く皆目検討もつかないなれど、死に期待してしまっている。
明らかに『死ぬ』という選択肢が自分の中で増えてきているのだ。

かといって別に自殺したいわけではない。
自殺だけはしてはならないと思うし、すべきでもないと思う。
それが生物界に見られる利他死ならまだ解るが、利己的自殺なんて存在していることがそもそも可笑しい。

要するにあれだ、何かを成して死にたい。
車に轢かれそうになってる子供を助けて死ぬ、とかいうあれだな。
そういう安っぽいヒロイズムでも構わない。

最近はそういった夢をよく見るようになった。
以前だったら「正夢だったら嫌だなぁ」などと思っただろうが、今なら「そういうのもありかもね」と思える。

死に場所を求めているっていうのはこういうことを言うんだろうか。
決して全てを諦めたわけでは断じてない。
だが、いつ死んでもいいくらい全力で今この時を生きているというのは事実だ。
posted by The Biggest Dreamer at 01:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然オレ的に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良い記事であると思ったので、コメントを残してみました。確かに「明日死ぬ」と思えば、今日一日充実に過ごせるようになる。
モチベーションあげあげって感じですね。
Posted by はじめまして。 at 2008年11月03日 16:58
>はじめまして。さん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
モチベーションが上がるかどうかは分かりませんが、無駄なく充実した時間を過ごせるのは間違いないと思います。
毎日一分一秒、一生懸命ですっ!
Posted by まさき at 2008年11月04日 16:08
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